盲腸になりたい(ならなくて良かった)
その頃の私は育児をするのが心身ともに辛くて辛くて
仕方がなかった。
繰り返し思ったのが「盲腸になりたい」であった。
盲腸になって、手術のため入院すれば子供から
離れられる。育児から離れられる。それほど疲弊していた。
それと、これはデリケートな話題になってしまうが
希死念慮も強かった。子供が小さいうちは一体感が強く
自分も子供も一緒にと思い込んでいた
実は希死念慮は今に至るが、子供がある程度大きくなると
「道連れ」にしようという気持ちはなくなった。
子供が自分の一部のように思え、自分が死んだらこの子は
生きていけない。ならば一緒に と思い詰めていた。
うちはマンションだったのだが、泣きながら子供を抱きしめて
ベランダに走り寄り、飛び出るのを歯を食いしばって耐えた。
私の育児はサイテーの育児(最低限 ミニマム)+(最低 ワースト)
だと自負しているが、それよりまず「殺さない」事が目標の育児であった。
後の記事にも書こうと思っているけれど「自分を殺さない」「子供を
殺さない」呆れるほど低レベルな目標であるが、私の努めだった。