そううつ色々図鑑ーメンヘラ歴1/4世紀ー

双極性障害持ちゆえに出会った色々な人たち、出来事について。精神科入院生活の有様。サイテーな家事・育児についても。

盲腸になりたい(ならなくて良かった)

その頃の私は育児をするのが心身ともに辛くて辛くて

仕方がなかった。

繰り返し思ったのが「盲腸になりたい」であった。

盲腸になって、手術のため入院すれば子供から

離れられる。育児から離れられる。それほど疲弊していた。

 

それと、これはデリケートな話題になってしまうが

希死念慮も強かった。子供が小さいうちは一体感が強く

自分も子供も一緒にと思い込んでいた

実は希死念慮は今に至るが、子供がある程度大きくなると

「道連れ」にしようという気持ちはなくなった。

子供が自分の一部のように思え、自分が死んだらこの子は

生きていけない。ならば一緒に と思い詰めていた。

うちはマンションだったのだが、泣きながら子供を抱きしめて

ベランダに走り寄り、飛び出るのを歯を食いしばって耐えた。

私の育児はサイテーの育児(最低限 ミニマム)+(最低 ワースト)

だと自負しているが、それよりまず「殺さない」事が目標の育児であった。

後の記事にも書こうと思っているけれど「自分を殺さない」「子供を

殺さない」呆れるほど低レベルな目標であるが、私の努めだった。