入院譚に入る前に、A病院外来で見た印象深い患者さんについて。
そのご婦人は、待合室に配偶者と思しき男性と座っていた。
酷くイライラしている様子が傍からも伝わって来た。夫らしき人は
あれこれと世話をしようと気を使っているのだが、彼女は忌々し気に手を
払いのけ、舌打ちをしていた。
名前が呼ばれたようで、連れだって診察室に入っていた。五藤先生の
診察室だった。
ほどなくして診察室からどなり声が聞こえた。女性患者によるものだ。
「あんたね!私医者なんか信用してないんだからね!本当に馬鹿なんだから。
あんたたち最低よ!!」どうも五藤先生に向かって怒りまくっているのである。
様子をうかがうに、この女性患者は初診らしい。初対面の五藤医師に対して
怒るネタもないと思うのだか、(だから具体的な事項について怒っている様子は
なかった)ともかく延々と罵倒し続けるのである。「馬鹿」「あんたなんて」
どうしようもない」
五藤先生はベテランなので「うんうん。僕に対して不満があるのは分かった。
それで…」と冷静に病識などを聞き出そうとしている模様。
しかし女性の罵声はとまらない。かつ話は全く進まない。
ここまで来ると、私の関心事はこのやりとりがいつまで続くかに移っていく。
精神科の場合、本当に数分で面談が終わる事もあれば、延々と話が続き時には
一人30分以上かかる事もある。五藤先生は絶対に話を遮る事はなく、そこが
先生の良い所でもあるのだが、自分の前の人の診療時間によって
こちらの待ち時間は大幅に変わってくるのである。
こればっかりは読めないが、前の人が数分で終わってくれればラッキー。
そうでなければ…
この女性患者の診察が膠着すればするほど、私の待ち時間も長くなっていく。
30分過ぎ、40分すぎた。
ようやく女性はまだまだ憤懣やる方ない風で診察室を出て来た。
私は途中から診察室に注意を払うのをやめていたのだが、怒り疲れたの
かもしれないし、夫が止めたのかもしれない。
私の診察はその二人後だった。40分怒鳴り続けられたはずの五藤医師が、
いつもと何ら変わりのない表情で「如何ですか」と聞いてきたのには
プロ魂と経験を感じた。