ヘルパー図鑑11 (長野さん)孫替わりとハムスター
有償家事援助サービスでは物のやりとりを禁じている。湯茶の接待さえ避けるよう
言い置かれている。
私もお茶を出したこともなけば、頂き物のお裾分けも控えていた。
しかし長野(仮名)さんは、そのルールをバリバリと乗り越えてくる人だった。
長野さんも60代に見える方で、お孫さんがうちの子供と年が近いとおっしゃっていた。
「安井さんのお子さんの事、他人事に思えなくて」と同情し、心配して下さった。
それは有難いのだが、援助を始めてほどなく、怒涛のように長野さんから
プレゼントが持ち込まれるようになった。お孫さんのおさがりのおもちゃ、
服、本、お菓子。
決まりなので頂けません、と断ると「内緒内緒。私、お子さんたちのお役に立ちた
くて」
ご厚意は大変ありがたいのだが、ルールを破るのは気が進まない。第一内容が食べさせたくないお菓子、着させるのにはいまいちの服、寧ろ買わないようにしているおもちゃなのである。
毎週援助に来るので、チェックされる気がして捨てるわけにもいかない。
毎回にこにこして「プレゼント」を持ってくる長野さんに頭を痛めていた。
そんなある時、予想外の贈り物を持って彼女は現れた。
リビングに入ってくるとおもむろに何かを取り出した。
「孫のところにハムスターの赤ちゃんが生まれたの!お子さんたちに差し上げたいと思って」長野さんは満面の笑みでケージを差し出した。思ってもいないプレゼントに私は完全に面喰ってしまった。
「あの、うちは今まで生き物を飼ってなくて」
「ハムスター、かわいいのよ。孫たちもとってもかわいがってるの。安井さんのお子さんたちもきっと喜ぶわ」
長野さんは最高のプレゼントと信じて疑っていない。
確かにハムスターを見れば、子供は嬉しがるだろう。しかし子供が継続して生き物の
世話をきちんとするとは思えない。結局は私が担うことになる。一から餌や飼育道具も買いそろえなくてはならない。
食事作りにすら苦労し、子供の世話、自分自身の世話が難しい状態なのに動物の世話が加わるなんて、到底無理だ。
さすがに今回のプレゼントだけは受け取る訳にはいかなかった。丁重に辞退して
(長野さんは何度も遠慮しなくていいとハムスターの可愛さを繰り返していたが)
持ち帰って頂いた。
長野さんはそれから少し経って、ご主人の体調の問題で「つばき」を退会されたので
、うちに来ることはなくなった。