川端さんの不満は、栃木医師があまりにクールすぎることだった。
入院した際に私も栃木医師を見かけたが、竹のような、固く細い印象の
女医だった。
川端さんがいかに自分が苦しくて、辛いか訴えても表情を変えない。
いつも淡々としているのが、何だかもどかしいと言っていた。川端さんは栃木医師にもっと喜怒哀楽を表現して欲しかったのだ。
しかし、しっかりと話を聞いてくれ説明も十分だし、病気も快方に向かっているとも話していた。
栃木医師の個性なのかもしれないので、致し方ない面もあるだろう。
クールな栃木医師に大して、アツイなぁと思ったのが、やはりB病院の
入院仲間、木村(仮名)さんの主治医の熊本(仮名)医師だ。
木村さんの事を私はキムちゃんと呼んでいた。まだ10代の学生で若く
かわいらしかったからだ。熊本医師も、入院中に何度も見かけたが
大人しそうで、どちらかと言えば軟弱な印象を受けた。
キムちゃんと話していて「熊本先生が主治医なの?何か頼りなさそうな…」
と冗談半分で言うと、彼女は「いいえ!そんな事ないですよ。熊は
(キムちゃんは先生を仇名で呼んでいた)めちゃくちゃホットです」と返して来た。
キムちゃんは熊本医師の以前の勤務先H病院(仮称)からの付き合いで、B病院への
異動に伴い転院してきたそうだ。
キムちゃんは自殺願望が強く、何度か自殺未遂をしていた。H病院通院中
本当に死にたくなり、まさに決行しようとした、その直前に
「今から死にます」と泣きながら熊本医師に電話したそうだ。電話越しに熊本
医師は何度も力強く「死ぬな!!大丈夫だ、私が助けるから!」と語りかけてくれ、彼女は思いとどまったと言う。
入院しているくらいだからキムちゃんの病気が完全に良くなった訳ではないが、以後
希死念慮が頭をもたげると熊本医師の言葉を思い出し、自分を奮い立たせていると語った。「あたし、ほんと熊には感謝してるんです。あの時熊が止めてくれなかったら今
ここに居なかったかも」
その時私を含む数人が卓を囲んで話を聞いていたのだが、見かけによらない(失礼)熊本先生の熱血漢ぶりにみな感嘆した。