患者図鑑26 バリキャリウーマン
病院なので、食事時間や門限はきっちり決められて患者はそれに沿って行動する事が求められる。
しかし例外があり、それは病院から通学・通勤している人だ。病院の朝食を待っていると遅刻してしまう場合もあるので、その人たちには簡単なパンと牛乳のような朝食が用意され、皆が朝食を取る時間には彼・彼女たちはもう出勤・登校していた。
学校はともかく会社勤めの人は帰りが遅いので、夕食が取り置かれ、帰り次第それを食堂で食べていた。
退院患者が出て、部屋の入れ替えが行われて同室になったのが蓮尾さんだった。蓮尾さんはもう数年間入院していて、ずっと病院から出勤を続けているとか。
彼女の勤め先は有名企業で、専門職としてバリバリ働いているという。バツイチシングルの彼女は自分の収入で購入したマンションもあるけれど、一人で自宅でいると(特に夜)途方もない不安に襲われていてもたっても居られなくなるそうだ。
病院のルールで他病室に入ってはならない事になっている。他病室の患者に用がある時は廊下まで出て来てもらう。
同じ部屋の人のベッドを訪問するのは許されていたので、同室になって蓮尾さんのベッドを訪ねて驚いた。他の患者さんのベッドサイドは衣類の他は本や飲み物、ちょっとした小物やポスターがあるくらいだ。しかし蓮尾さんの所は専門書・書類・クリアファイルなどが所狭しと並べられ、ポストイットでTO DO LIST が沢山壁に貼ってある。ちょっとしたオフィス状態だ。ハンガーにはスーツが何着も吊るされている。
彼女の病名は統合失調症との事。薬などである程度コントロール出来ているものの、
病院を離れて自宅で生活する事には恐怖を感じるそうだ。
一度試しに外泊許可を得て自宅に帰ってみたところ、パニックを起こして瞬時に病院に戻ったとか。
彼女によれば、自分は治療費も含め自身で稼ぐしかないし、仕事は仕事で自分が勉強して来た専門を生かし、やりがいもあるのでやめられない。
高嶺の花のような企業で、それなりのポストについて専門的な仕事をこなす彼女が病院から離れられないのは、私には不思議に思えた。
ちなみに蓮尾さんは土日は死んだように寝ていた。
男性棟にもサラリーマンはいるようで、朝早くスーツ姿で病院を出て行く姿を見かけた。ちょうど病院と駅の間に遅くまでやっているクリーニング屋さんがあって、
通勤患者たちの御用達になっているとの事だった。
(文中は全て仮名・仮称です)