そううつ色々図鑑ーメンヘラ歴1/4世紀ー

双極性障害持ちゆえに出会った色々な人たち、出来事について。精神科入院生活の有様。サイテーな家事・育児についても。

患者図鑑35 栄光の架橋

患者が時間をつぶすのは「食堂」「談話室」「屋上」の三か所なのだが、

沢口さんという男性患者は、特別?な場所を許されていた。

病棟の裏のちょっとしたスペースがそこで、沢口さんがそこにいることは

彼の朗々とした歌声から知る事ができた。

沢口さんは痩せていて小柄なのだが、その体格からは想像も出来ないような

ものすごい声量で高らかに歌い上げていた。

声楽でも習っていたのだろうかと思わせるくらいに表現豊かで上手だった。

 

彼の歌う曲は一曲にきまっていた。ゆずの「栄光の架橋」だ。「誰にも見せない泪があった」から始まり、最後まで歌いきる。そしてまた「誰にも…」の最初に戻る。

それをリピート再生のように何度も何度も繰り返す。時々疲れたのか、休みを入れる

事はあっても「栄光の架橋」を最初から最後まで歌うことは変わらない。

午前中も午後も。いったい一日何回分歌っているのだろう。

他の患者に聞いた話では、もともと病棟や屋上で歌っていて、他の患者から苦情があり

病院側が裏庭なら、と提案してそこで歌う事に落ち着いたのだという。

確かに歌自体は非常に上手なのだが、同じ曲を毎日聞かされては迷惑に思われても仕方がないだろう。

作業療法には合唱やカラオケの日もあったけれど、それに参加した事は一度もない。沢口さんには観客も拍手もいらない。ただひたすら、裏庭で一人繰り返し繰り返し歌い続けているのだ。

栄光の架橋の歌詞は、今まで苦しかった道のりだったけれど、未来に栄光の懸橋が見えているという内容だ。一人で歌いづづける沢口さんに、栄光の架橋は待っているだろうか。

(文中は全て仮名・仮称です)

歌