患者図鑑58 光を求めて
続いてまた夜のお話。前述した様に、夜間は外来棟に入る事が出来、そこの待合室の自販機を利用できた。
utuutuyasuyasu.hatenablog.com 電気がついておらず、怪談話が出る位真っ暗な中、唯一自販機だけ明るかった。
飲み物を買い終わったらほとんどの人はすぐ病棟に戻る。
私も時々自販機を利用したが、そこで良く保科さんを見かけた。良く、というより
自販機に行けばほぼ保科さんに会うことが出来た。
保科さんは初老の男性患者で、病棟が違う事から普段会う機会は殆どなく「保科」という名を知ったのも大分経ってからだった。
保科さんは自販機の前にいる事もあるし、自販機正面のソファに座っている事もある。
ともかく自販機の正面に陣取っている。
ある時、保科さんが自販機の前に立っていたので、買い終わるまで待とうと思って脇で待機していた。すると保科さんに「どうぞ」と譲られた。
飲み物を買って病棟に戻ろうとすると、保科さんはまた自販機の前に戻っている。
自販機で飲み物を選ぶときは、視線を動かして品定めをするのが常だと思うが、
保科さんはぼーっと自販機の前に立ち尽くし、選んでいる風にも迷っている様にも
見えなかった。
私が待合室行った時は必ず自販機1m以内に、自販機を向いて立つか座るかしていた。
ある時、私が落とした硬貨を拾って貰った事がきっかけで保科さんと言葉を交わすことができた。
保科さんは暗いのが嫌なんだそうだ。相部屋の病室では勿論消灯時間以降電気はつけられない。明るいのはナースステーションとトイレくらいだ。暗いのは嫌だ。心細い。不安だ。淋しい。
トイレにずっと籠っているのも嫌だし、ナースステーションの側にいれば看護師からどうしたんですか、寝た方がいいですよと声をかけられる。気兼ねせず明かりのもとに居られる場所を求めた結果、自販機の前に行きついたのだという。
私なんかは、暗くてもそばに人の気配のする病室の方がよほど心強い。でも、保科さんにとっては人気はなくても、明かりのの灯っている場所にいるのが安心するのだという。
夜、電灯に虫が寄り集まって行くのを見る。保科さんを見ていて、ふとそれを思い出した。
(文中は全て仮名・仮称です)