患者図鑑61 友達の作り方3ーヌシ部屋の人たちー
「ヌシ部屋」の人たちは、看護師や医師ですら鼻であしらい、気ままに、わが物顔で過ごしていた。同年代の患者が入院して来ても、経験不足故、主のグループには入れない。まあ、私が仮にその年代だったとしてもあの主グループには入りたいとは思わないけれど。
彼女たちは作業療法に出る事も外出する事もなく、また見舞いが来ているのも見かけた事がない。食堂のお気に入りテーブルがあって、そこが彼女たちのお城。本来、食堂のテーブルは食事時以外は誰がどこに座っても良いのだが、その場所は彼女たちの聖域、絶対不可侵の場所だった。「みーちゃん」「のぶちゃん」と綽名で呼び合い、井戸端会議を繰り広げていた。
長期入院の結果というべきか、外界から隔絶されて、訪ねる人もない、病院が全ての場という共通項のもと、彼女たちは小さなコミュニティーを作りそこに安住し、完結していた。コミュニティー外(他の患者)には必要な用事でも生じない限り、声をかけることもない。
退院したくて仕方がない患者は多かったけれど、主たちは今日も明日も来年も同じように生活が続いていく事に疑問も持たず、寧ろそれに安心しているように見えた。
ただ、精神科の長期入院が問題視される中、彼女たちの転院が検討されていると耳にした。どういう経緯でB病院に入院したのかは知らないが、彼女たちはそれぞれいろんな場所に住民票があるらしい。その住民票のある自治体の病院に戻そうという動きがあるらしく、ヌシ部屋は解体の危機にあった。
およそ涙を見せる姿が想像できない「みーちゃん」が肩を落として涙ぐんでいる姿や
、主たちが顔を突き合わせ、深刻な顔で相談する姿を見かけるようになった。
長く病院に居る事がアイデンティティーであった彼女たちがばらばらになって新しい病院に入れば、「新米」として今まで享受してきた生活とは全く違う生活がスタートする事だろう。「お友達」も一から作らなくてはいけない。
正直私はヌシ部屋の住人に好感は持っていなかったが、老境に入って何十年と続けて来た生活が変わり、人間関係も断ち切られるのは辛いだろうな、と思った。
(文中は全て仮名・仮称です)