患者図鑑71 ーエヴァンゲリオンー
瑠璃川さんは、推定60代半ば。おかっぱのグレイヘアの大人しい人だった。
入院歴は10年前後と人づてに聞いた。いつも静かに食事をし、廊下を散歩したりしている。他の患者とは会釈程度で会話らしい会話をしているのを見た事がない。
しかし、ヌシ部屋のように傍若無人にふるまうこともなく慎ましやかにしている彼女は
交換を持って迎えられていたと思う。
あちらから「話しかけて欲しい」オーラが出ていない限り、こちらから積極的に踏み込むことはしていなかった。
瑠璃川さんは一人で静かに穏やかに過ごすのが性に合っているように見えたので、
私も挨拶を交わす程度であった。
しかし、ある時私が着ていたTシャツの柄がちょっと変わっていた(ジョークがプリントされていた)のを見て「安井さん、それ面白いわね」と初めて会話らしい会話をした。
最初は当たり障りのない天気や病院のあれこれから始まった。
「瑠璃川さんは10年くらい入院されているそうですね。先輩ですね」と何気なく言うと
「あのね、私『シト』なのよ」
瑠璃川さんは小声で、でもはっきりと言った。
シト…?シトって何だろう。私の聞き間違えか。私が戸惑っているのを見て瑠璃川さんは言葉を続けた。
「シトっていうのはね、お使い。私は太陽から使命を受けているの。」
シトって使徒!?
いつも物静かな瑠璃川さんの目が輝き、生き生きしている。
「太陽からこうやって」瑠璃川さんは太陽を指さした。
「地球でこうしなさい、ああしなさいって指示が来るの。私はちょっとずつ使徒として
働いていて」
「役目を果たし終わって、太陽から『もういい』って言われるのを待ってるの」
語り終わって瑠璃川さんはにっこりと笑った。
(文中は全て仮名・仮称です)