患者図鑑83 神様のおわす病院
「えー-っ、芥子川さんより凄いって何ですか?」と私は聞いた。
「皇族のご落胤とか?」
「それより凄いよ。自分は神様の化身だっていうの」
私は絶句した。
その人は小暮さんという初老の女性なのだけれど、自分は木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)の化身なのだという。木花開耶姫は美しさでも知られた女神である。
「毎朝ね、朝食で食堂に来ると両手を広げて『私は木花開耶姫よ』とひとしきりアピールしてから食卓につくの。服も何て言うか、白くてゆったりとした神様を思わせる身なりなのね。まぁ別にだからどうって事もないんだけれどね。自分に従いなさいとかお告げをする訳でもない。ただ毎朝毎朝、確認するように、また皆に念押しするように神様アピールしてたね。そのうち転院していったけれど」
神様。それはさすがに義経の子孫では負けてしまう。幸い、というべきか小暮さんと芥子川さんの入院期間は被っていなかった。
二人の病名は私は知らないのだけれど、江戸時代ー昭和の名物(?)精神病患者で「葦原将軍」「葦原天皇」と呼ばれた人物がいる。
自らを「将軍」、やがては「天皇」と称するようになった。上記wikipediaによれば
病名は「躁病の誇大妄想」「分裂病の誇大妄想」などとされている。かなりの有名人だったようだ。
葦原氏の将軍や天皇もなかなかだが、それでも小暮さんの「神様」に勝る位はないだろう。
(文中は全て仮名・仮称です)