そううつ色々図鑑ーメンヘラ歴1/4世紀ー

双極性障害持ちゆえに出会った色々な人たち、出来事について。精神科入院生活の有様。サイテーな家事・育児についても。

つつつつ 疲れた

疲労困憊

ブログを始めてからほぼ毎日書き続けて来ましたが、ここのところ少しお休みしてしまいました。理由は「疲れた」からです。

ブログを書く事に疲れたのではなく(笑)、疲弊しすぎてブログに手をつける余力がありませんでした。ブログ… 書きたいけど寝る方が先、みたいな。

疲労がたまって無理しすぎると、体を壊す前に私はメンタルに来ます。鬱につながってしまうのです。危ない危ない。なのでまずい状態に陥る前に休んでしまいました。

疲れてしまった一番の理由は、前回のブログに書いた「困った兄」の存在です。

utuutuyasuyasu.hatenablog.com

ちょっと頭のねじが外れた状態の兄が色々言ってきて、その対応で消耗しきってしまいました。もう兄は人が変わってしまったようで(人相も変わりました)話がまともに通じる相手ではありません。

子供の頃一緒に遊んだ思い出、仲良くした記憶、皆遠い物になってしまいました。

精神的なストレスって本当に体力削られます。さっきまで元気だったのが、兄からの

連絡一本で風船がしぼむようにエネルギーが抜けてしまいます。

家族とか、仕事とか、世間体とか、倫理観とか、何かしら守るもの、拠り所にするものがあって人は理性的にも常識的にもふるまえると思うのですが、兄はもう仕事も家族もどうでもいいみたいです。女遊び中心の享楽的暮らし。それを支えるお金。それしか

頭にありません。

しかし、兄の為に体調を崩すのもくやしいので踏ん張っています。しっかり休んで、

エネルギー充填して兄に対処するつもりです。

特別お題「今だから話せること」

女性

特別お題「今だから話せること

今だから話せること… 正確に言えば、リアルな知り合いには「今でも」話せません。

もやもやを、心のなかに秘密・しこりを抱えたままで来ました。

ペンネームで書いているブログだから、直接の知り合い相手ではないから話すことが出来ます。

 

私には兄がいます。兄は結婚して子供を二人授かりましたが、離婚しました。原因は「女性関係」です。職場の女性、水商売の女性、次々と手を出していました。

そうするとお金も時間も家族には割けない。おざなりに、犠牲になる。いきおい夫婦仲は悪くなり、離婚になったのです。

兄の元妻、私の元義姉の和美さんから兄の女遊びぶりを聞いて呆れ果てました。休みの日、冠婚葬祭で地方に行ったら夜はそこで風俗。なじみになったら飛行機や新幹線を使ってまで通います。

こっそりスマホを見たら、あり得ない量のメッセージのやり取り。頼んだ事はまずやってくれないのに、浮気相手への対応はきめ細かい。

どこかおかしいとしか言いようがありません。私の母は長く癌で闘病しているのですが、母の見舞いや看病もそこそこに地方遠征を繰り返していたのですから。

私が兄の事を知ってとてもショックだったのは、これが初めて聞いた話ではないからです。私の父方の祖父、父、そして兄に連なる負の連鎖。黒い血脈のようなものを感じてしまったからです。

 

まずルーツとも言える、祖父の話からします。祖父の父、曽祖父については若くして亡くなり、その人柄は良く分かりません。

私の父は祖父の事を酷く嫌っていました。私がほんの小さい頃からです。私はそれが不思議でなりませんでした。そして祖父が病気になった時も、とうとう亡くなった時も少しも心配するそぶりも、悲しい様子の欠片も見せなかった。見舞いにも一度も行きませんでした。

それどころか葬儀の場で大声で祖父の悪口を言い、すっきりした表情をしていました。

大人になった私に父から直接に、また父から話を聞いた母からその理由を聞きました。

祖父はともかく家庭を顧みない人。職を転々とし、結果家庭は貧しく、けれど女遊びが酷かった。少ない収入を女性につぎ込み家に帰って来ない。祖母は相当苦労したそうです。父親としての責任をろくに果たさないのに、家族には威圧的にふるまい、時に暴力も辞さない。

父はアルバイトや奨学金でやっと進学したのですが、いざ就職すると祖父から金の無心。それも女性に浪費するのが分かっている。自分は奨学金を返さなくてはいけない身なのに。父はほとほと嫌気がさしたそうです。

祖母は明治の人間で、祖父よりも一回りも若かったので、逆らうという事は出来なかった。両親を早くに亡くし、収入を得る当てもなく、祖父について行く他はなかった。どんなに夫に不満でもその場に踏みとどまるしかなかったのです。

祖父の女性の対象はランダムで、やっていた商売の顧客、近所の人、中でも酷いと思ったのは祖母が両親の没後に残った妹を自分たちの所に引き取ったあと、祖父が妹に手をつけた、という話です。妹には子供が出来てしまったけれど、他所に里子に出したとか。

祖父が亡くなって父が喜んでいた話は前述しましたが、祖母も見違えるほど明るくなったそうです。祖父は比較的長生きしましたから、長年耐え忍んだ祖母の心中を察するに余りあります。

 

そのように父親の放埓ぶりを憎んでいた父ですが、皮肉にも全く同じ道をたどる事になりました。

これは色々父の行状を怪しんだ母が、こっそり手帳やメモを見たり、父を問い詰めて分かった事です。仕事上で知り合った人、水商売の女性、会社の同僚の未亡人… こちらも色々でした。

旅行に行くと、色々女性用のアクセサリーが包装紙に包まれてスーツケースに入っています。それは母にも私にも一つも渡りません。皆、父の「ガールフレンド」に行くのです。

父もお金と時間を女性に大量に消費していて、母は自分の親戚にお金を借りていました。父親の役割を果たしていないのに、進学や就職で十分な結果を出さないと叱り飛ばしました。見栄っ張りな人だったので、子供が○○大学、✕✕会社で働いていると自慢するのが大好きだったのです。

父は90代で亡くなりましたが、90になってもまだ女性とやり取りしていました。白髪頭の腰が曲がったおじさんになっても、ラブレターを送っているのです。デイサービスに通っていて、女性スタッフにセクハラを働き問題になりました。本当に呆れました。

祖母同様に母も深く悩み、ストレスで体調を崩していました。子供たちに夫の愚痴をこぼし、兄や私は母を慰め、支え合ってきました。勿論父の事は母も私達も嫌悪し、憎んできました。それが兄が全く同じ道をたどるとは…

実は父の弟、私の叔父も相当なものだったそうです。祖父の自営業を継いだのですが、やはり従業員や顧客に手を出し、婚外子まで作ったとか。

父も叔父も、祖父の行状に悩んでいたはずなのに、兄も父を罵っていたのに何故同じ轍を踏むのか。

 

祖父・父・叔父・兄の行状は共通しています。

女性関係がともかくだらしない。複数の女性と乱れた関係を持つ。

本当に好きな女性が出来て恋に落ちたというよりはとっかえひっかえ。

家族をないがしろにして精神的のみならず、金銭面でも負担を強いる。

家族対しては自分勝手であるが、女性にへの外面は滅法いい。

 

更に言えば、4人とも全く外見は冴えません。おおよそ「モテる」タイプには思えない。自分から近づいて行くのでしょうか。そして家族が困る程お金を使うので、金払いの意味では女性に取っていい相手になるのかもしれません。

 

祖父のふるまいに関して、父や叔父は批判的でした。祖母に大変同情して、祖母に対しては優しかったです。祖父の行いを憎み、祖母の苦労を間近で見ていながら結局は祖父と同じ事をして、自分の味わった苦しみを自分の家族に与えています。

兄もそうです。北畑家(私の旧姓・仮名)の男性には放逸な、淫蕩な血が流れているとしか思えません。父には姉・妹がいますが、女性たちは真面目で堅実な家庭を築いていました。

祖父と父のありようを見て母が「北畑の血だね」とため息をついていたのを思い出します。

「でも、敬一(兄)は別だよ」と母は言っていたけれど、結局同じになってしまった。「血」などあまり思いたくないけれど、そんな考えがふと浮かんでしまう負の血脈なのでした。

兄のところには男の子が二人います。直樹くんと誉之くんです。彼らは母親ー和美さんのもとで暮らしています。和美さんや直樹くんたちは、祖父や父、叔父の事は知りません。話していません。話せません。どうか二人は兄のように、父や叔父、祖父のようにはなって欲しくない。心からそう願っています。

(文中は全て仮名・仮称です)

 

精神病院 虐待事件2

病院

前回からの続き

utuutuyasuyasu.hatenablog.com

滝山病院での虐待動画は強力な証拠になるが、この動画を撮る事が出来ただけでも、弁護士に訴えて明るみに出ただけでもまだましなケースなのだろう。

同病院は死亡退院率が異常に高く、闇に葬られる形で亡くなった方々も少なくないのではないか。事件になった事で救われた患者さんも多いのではないだろうか。

 

前回、同病院のHPでは面会も外出・外泊も許されている、閉鎖された病院の印象は受けない由書いた。

しかし、「医師の許可により」ともあるので、著しく制限されていたか有名無実だった可能性もある。

 

閉じられた精神病院で、面会者もおらず外出も出来なければ訴える相手もいない。そもそも親戚縁者、友人とも縁が切れている人もいるだろう。

訴えるにも気力や判断力、行動力が必要だから、それに欠けている患者もいるだろう。

 

1983年に栃木県宇都宮市精神科病院宇都宮病院で、入院患者が看護職員の暴行を受け死亡した事件(宇都宮病院事件)についてWikipediaを見ると

ja.wikipedia.org

背景として

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本事件の背景には、精神科病院内での入院医療の実態が、外部から見えないことが大きな要因としてある。入院患者の通信・面会の自由が制限されており、入院患者が外部と接触する機会が非常に限られているか、あるいは不可能な状況にあった。宇都宮病院閉鎖病棟内には委託公衆電話(赤電話)が設置されていたのだが、病院が入院患者の所持金を管理して、入院患者に十円硬貨を持たせなかったため、患者が外部と連絡を取ることは不可能であった。宇都宮病院に他の病院と同程度の通信・面会の自由があれば、本事件は起きなかったかもしれない。 

また、

家族間の人間関係の悪化により、措置入院させられてしまう場合もある。

とも書かれている。

 

 

精神病院 虐待事件1

暴力

最近、東京都八王子市の精神科病院「滝山病院」における入院患者への虐待が報道された。

www3.nhk.or.jp 

複数の看護師が入院患者に対し、殴るなどの暴行、また暴言を働いた疑いという。

暴行・暴言の動画を見たが、一人の看護師が患者に対し暴言を浴びせながら暴行を

行っているのに、同じ部屋に立っている看護師は止めるでもなく平然と物書きか何かを続けていた。暴行・暴言が日常的に行われ、全く問題視されていなかった証左だろう。

見ていてぞっとした。

また、その動画に映されていたのはいわゆる大部屋だが、ベッド間に全くカーテンがない。カーテンが開けられているのではなく、カーテン布自体が存在しないのだ。

常に患者同士、また看護師から丸見え。プライバシー皆無である。

私は精神病院も一般病院も入院した経験があり、また入院中の親族や知り合いを見舞った事もあるが全くカーテンが存在しない大部屋は見た事がない。

私が入院していた精神病院でもカーテンはあり、寝ている時・着替え以外は閉めきりにしないよう奨励されていたが、あんな丸見え状態ではなかった。

あのような環境、看護師では医師による診療や治療がきちんとされていたのかも疑問である。

 

精神病院における患者虐待問題はしばしば目にする。

精神病院の不祥事をまとめたものを見つけたが

www.arsvi.com

これだけネットで情報で出回る時代になっても絶える事がない。

 

私の病院は開放病棟だった。文字通り、病院内ー患者同士ーもオープンな関係で、外部とも開いた関係だった。患者は医師の許可さえあれば外出も外泊もする。見舞いも自由だ。何か問題が起きたとしたら、病院内外にすぐにそれが流れるだろう。

 

件の病院のHPを見る限り、閉鎖病棟とは書いていないし、外出・外泊・面会も可とある。

疲れました

疲労

ここ数日何故かとても疲れてしまってブログをお休みしてしまいました。

格別忙しかった訳でも、何かしていた訳でもない。例えば一日中外出せず、

家の中で何かしていた事もなかったのになぜだかすごく疲れる。

夕食を作る元気もなくて、夕方くらいから布団の中に入る日が続いていました。

私は疲れると口唇ヘルペス、唇に水膨れが出来ます。疲れがたまっている事のバロメーターなのですが、しっかり口唇ヘルペス出来ました。

疲れがたまるとメンタルにも響きます。自分のキャパを超えた事をやり(もともとキャパは大きくないのですが)疲れてくると鬱に傾きます。

そこでしっかり休養を取って疲れが取れれば良いのですが、育児中など休みを自由に取れない場合は、段々疲労が精神を侵していきます。

今は、子供も手を離れたので存分に休みを取る事が可能なのでひたすら寝ています。でも何でこんなに疲れるのでしょうか。

昨年末少し忙しい事があったので、それが今になって影響が出た?気持ちの上でストレスがかかる事があり、その影響?

原因は自分でもよく分からないですが、ともかく寝ます(笑) あと疲れた時は、アリナミンとリポビタンDを飲むのが対策です。

今週のお題「手づくり」4

 

料理



今週のお題「手づくり」

前回の続き

utuutuyasuyasu.hatenablog.com

レシピ本の著者の中には亡くなった方も多い。天寿を全うした人もいれば、孤独死したり若くして亡くなった方もいる。

エッセイスト・編集者の三宅菊子さんは自分でズボラで手抜きと公言してレシピ本を出していた。簡単で細かい事にこだわらないレシピが好きで、今でも彼女の本をもとに作る事が多い。

ある時、web記事で自宅で一人で亡くなっている事を発見された旨目にした時はちょっと胸の詰まる思いがした。レシピの説明文から見る彼女は、豪快で明るくて、夫とも仲良しで。

料理研究家だと小林カツ代さんの本が多い。手間がかからず美味しい。でも、小林さんもクモ膜下出血からずっと療養生活が続いて、ある記事によるとケンタロウさんの事故やその後も知らされぬままこの世を去ったそうだ。

でも、視点を変えると彼女たちが発信したレシピは彼女たちが亡くなってからも作り続けられ、食卓に並べられ、継承されていく。

佐藤健主演ドラマ「天皇の料理番」中に、主人公の秋山だったかエスコフィエだったか「料理は芸術だけれど、(食べられてしまうので)残らない」という主旨のセリフがあった。

確かに料理は食べて貰う事が目的。消費されてこそ価値があるから、例えば曲や絵画のようには残らない。

でも、日々どこかの台所で調理されてそこの家の人のお腹を満たしていればそれはとても価値がある事だし、

料理とはそんな意味のあるクリエイティブな行為なのだ、と自分を鼓舞してみるのであった。

今週のお題「手づくり」3

料理

 

今週のお題「手づくり」

 

前回、「料理」という作業を考えると、「手づくり」は大げさでも楽しみでもなく

、時には義務だったり負担だったりする形でも日常に存在するという事を書きました。

utuutuyasuyasu.hatenablog.com

で、毎日の手作りー料理ー、勿論冷凍食品やレトルト使いありの、買って来たお惣菜も登場させるのですが、を助けてくれる大きな味方はクックパッドの他に料理本

これも前回の記事に書きましたが、私はストーリーがある料理を作るのはそう嫌いではないので、いわゆる単なる「四季のお惣菜」的な料理本には食指が伸びないのです。

例えば向田邦子田辺聖子と言ったお料理好き作家の料理本。その料理が作品にも登場して来ていたりするので、二度美味しい。作家業と両立で時短料理が多いのもいい。

向田氏も田辺氏もこの世の人ではないけれど、作品の他にレシピも残して行ってくれた

と感謝します。

その他料理研究家が本業でない人、アナウンサーやタレントと言った人の料理本も好きです。そういう人たちの本は、レシピのみでなくエッセイが混じっていて、それを読むのが面白い。例えば、友人とのパーティーでその料理がふるまわれる様子や、夫から不評を買ってリベンジで登場させたのがこのメニューです、など楽しい裏話が披露されています。

しかし新婚ラブラブの頃から執筆時に至るまでの家族円満ぶりが書かれ、家族で囲む食卓に並べられた料理が紹介されているのにその後冷え切った夫婦仲⇒離婚 に至った著者の料理本も幾つかるので複雑。

そのうち一人は評判の料理上手なのに、夫も妻の料理を手放しでほめていたのに「肝心なのは胃袋をつかむこと」というのは都市伝説??

意外と料理研究家で離婚している人って居たりする。