患者図鑑24 夜の風景その2
広く暗い食堂の端と端に二人は居た。目黒さんはかならず窓際に座り
何もいわずずっと真っ暗な外を見つめていた。
森さんはその対角線上の場所が定位置だった。目黒さんとは対照的に、立ったり座ったり、少し歩いてみたり。その二人しか食堂にいないのに、言葉も交わさずお互いを見てすらいなかった。
二人とも寝られないのだろうか。睡眠導入剤は出して貰っていないのだろうか。
あまりにも夜ごとに見かけるので心配になったが、看護師や医師が患者の情報を
他者に漏らすはずもない。
私は不眠が酷かった時、夜が怖かった。今日は眠れるのか、眠る事に敏感に神経質になって「寝れない、寝れない」苦しんだ。
目黒さんや森さんは夜が怖くなかったのだろうか。二人は暗い食堂で何を考えていたのだろうか。
夜、と言えばB病院に入院した日、同室の山野さんに挨拶し「病院のしおりに有った物は持参しましたが、他に揃えた方がいい物はありますか?」
と聞いた。山野さんは「耳栓」と答えた。「そこのベッドの湯川さん。いびきうるさいのよ」とちょっと顔をしかめた。
私はまだ外出の許可が出ていなかったので、許可が出るまで待つかもしくは家族に耳栓を持ってきて貰おうと思っていた。
耳栓がない事を不安に思いながら夜を迎えた。消灯時間になってしばらくしていびきが聞こえて来た。しかし、何とその主は山野さん本人だったのだ。湯川さんもかいていると言えばかいていたが、山野さんに比べれば可愛いものだった。自分じゃ自分のいびきは分からないから仕方ない(笑)
山野さんのいびきもなかなかだったが、中にはもっと轟音を立てる患者もいるらしい。
✕✕号室が通称「いびき部屋」「騒音部屋」と呼ばれていて、かなりのいびきをかく人達が集められていた。どんな基準で、誰が決めるのかは分からないが、山野さんは「いびき部屋」水準には達していなかったということなのだろう。
ある時、寝つけなくて廊下を歩いていて「いびき部屋」のそばを通りかかった。ちなみに病室の廊下に面したドアは常に開けておくことになっている。
いびき部屋からまだ数メートル離れているのに音が聞こえてくる… 怖い物みたさで
いびき部屋の前を行き来した。手前のベッドから奥のベッドから、合唱のように輪唱のようにいびきが聞こえ、絶える事がない。しかもいろんなタイプがあって
音の高低、長さ、振動が加わっているなど、競演だ。
いびき部屋患者の名前は病室入口のプレートでわかる。翌朝朝食の際に、つい住人達の顔を見てしまったが、皆とてもあんな大いびきをかくようには見えない人たちばかりであった。
(文中は全て仮名・仮称です)