病院での食事2 魅惑のビュッフェ
刻みや減塩の他は同じメニューが並ぶ中、楽山さんだけは違う物が揃えられていた。
いわゆる高カロリー食品。例えばメイバランスのようなものだ。楽山さんはうつで
長く入院している。食べなくちゃと本人も思っているのだが、どうしても普通のご飯が喉を通らない。なので主治医から特別に高カロリー栄養食を出すよう指示が出ていたが
それでもそれすらほんの少ししか口をつけていなかった。
食事時間には病室を出、楽山さんは名札の置いてある席に座る。メイバランスなどを前にずっとうつむいている。結局ほとんど食べられず、皆が食堂を去るのと同じタイミングでフラフラと病室へ帰って行く。
食べなくては命に関わるから、点滴など何らかの処置・対策はしていたと思うが、
一人だけ違うメニューで、それにすら手をつけられずずっとうつむいている楽山さんの
姿は痛々しかった。
入院仲間と雑談している時、入院生活の長い利田さんが「来月はビュッフェよねぇ。楽しみだわ」と嬉しそうに言い出した。
話を聞くと、作業療法室と調理部門で協力して年に一回ビュッフェ企画(昼食)があるのだと言う。強制参加ではなく、普通に食堂でいつもの通り食事を取ってもいいし、ビュッフェに参加したい人は予め作業療法室に申し込み、特に追加料金などなくビュッフェで食事を取る。ただ、減塩や嚥下の問題のある人は主治医相談となっているそうだ。場所は、普段はスタッフが使用している会議室。
利田さんがあまりに楽しみにしているので、私も興味を持った。そのうち、ビュッフェの告知と申し込み方法が張り出された。メニューを見ると何の事はない、いつもの見慣れた献立。デザートにプチケーキ数種類が出るのが目につくくらいか。
しかし、思ってみたらこれは作業療法の一環なのだ。いつもは目の前に置かれた物を食べるが、ビュッフェでは自分の意思で食べたい物を選ぶ。適量を取る。取る順番を考える。そういった事を体験するのも確かに意味がある事だ。
もちろん娯楽的な側面もある。おかわりや、好きな物だけ食べるなど普段は出来ないのだから。
結局私はビュッフェには参加しなかった。会議室でスチール机やパイプ椅子を使用して
「いつもの食事」を食べる事に魅力を感じられなかった。それより今度調子が良くて、外出許可が出た際に外でビュッフェを食べようと思った。
しかし利田さんのように外出を全くせずーと言うことは外食の機会もない 人にとって年に一回の「病院ビュッフェ」はとても楽しみな行事のようであった。
(文中は全て仮名・仮称です)