作業療法4+患者図鑑16 お買い物レク
その他にも、作業療法では小さな摩擦は日常茶飯事だった。カラオケのプログラムで
マイクを離さない(これは実生活にもいる(笑))、映画プログラムで多数決で決めるのに、自分の我を通して譲らない。
トランプやゲーム、スポーツ(風船バレー)など対戦するもので勝敗に異様にこだわる。
作業療法士の先生は慣れたもので、指摘すべき所、注意すべき所はきっぱり言っていた。しかし、患者もさる者で、自分のやりたい事を通す為に先生のいう事は馬耳東風。
患者同士で口論になる事もあった。
ある時、作業療法室や廊下に「お買い物レク」のお知らせが貼られた。
内容を読むと、Rスーパー(仮名)に○月✕日に買い物に、作業療法士と看護師が引率して行くとの内容。Rスーパーは中規模だが、食料から日用品まで揃っていて、B病院に売店がない事もあり患者たちは重宝していた。何しろB病院から歩いて5分とかからないのだから。私も良く利用していた。
わざわざ、作業療法室がこのようにRスーパーの買い物を周知するって?私の頭の中にはてなマークが浮かんだ。
五藤医師の一週間に一度の診察の際、お買い物レクについて聞いてみた。
「あのね、B病院にはいろんな患者さんがいて、『買い物』自体高いハードルの
人もいるの。お店に入って、物を選んで相当のお金を支払うっていう一連の作業が
とても困難な人。入院していれば、ご飯も出てくるし買い物しなくても何とか
なっちゃうでしょ?でも社会で生活を送るには買い物は出来ないと困るよね。
その訓練の一環が買い物レク。
それどころか、病院から滅多に外出しない、出来ない人もいる。その人たちに
は近くのRスーパーに行く事すら尻込みするのね。だから作業療法士の先生と看護師
が付き添って、『病院の外に出』『店で買い物をする』実地訓練をする訳」
私に取っては「○○がない!Rスーパーで買って来よう」と言うのは日常茶飯事だったので驚いてしまった。
五藤医師とその話をした夜、談話室で他の患者とおしゃべりをしていた。
その中の一人、戸倉(仮名)さんはお買い物レクに参加するという。
そう言えば、戸倉さんが外出するのを見た事もないし、更に言えば面会者も見た事が
ない。戸倉さんと話すと20代で統合失調症を発症し(戸倉さんは60代くらいに見えた)
以降ほとんど入院生活を送っているという。
「私、一人では怖くて出かけられないの。お買い物レクも、都先生(作業療法士)が私の手につかまって行けば大丈夫ですよ、って言うので。でも途中で怖くて帰ってしまうかもしれないわ」
戸倉さんはいつも物静かで、談話室で新聞を読んだりニュースを見たりしていた。
一見穏やかで何の問題もないように見える戸倉さんだったが、病院の外に一歩踏み出す
事すら大きな勇気が必要なのだった。