患者図鑑19 浜谷さんの生きがい1
B病院は個室を除いて病室にテレビはなかった。食堂と談話室に一台ずつあったが、
食事時間は食堂のテレビは消すことになっていた。また、テレビは一台なので
見たい番組は患者それぞれで当然違って来るのだが、入院歴の長い人、声の大きい人の意見が通るように自然となっていた。
ただ、マニアックな番組より例えばNHKニュース、甲子園の時期なら甲子園などメジャーな番組が優先される傾向はあった。
しかし、絶対不可侵の番組が一つあって、それは浜谷(仮名)さんの見るNHK連続テレビ小説だ。浜谷さんはかなり年配で、入院歴の長い古株だった。作業療法にも参加せず、外出もしない浜谷さんの、ライフワークともいうべきものが「連続テレビ小説を見続ける事」であった。それ以外の事には一切興味を持っていなかった。
当時は朝の放送が8:15~、昼の再放送が12:45~だった。
ちょうど朝食は7:30、昼は12:00からなので放映時間には大体皆食べ終わっている。
浜谷さんはテレビの前でスタンバイして、一日二回、きっちりオープニングから視聴する事を日課としていた。
内容が面白いとか、俳優が好きだとかは全く関係ないようで、「今日の話『も』つまらなかった」「俳優の名前と顔が一致しない」と良くぶつぶつ言っていた。
「来週、主人公の恋が実るか分かる」「長年の謎が来週解かれる」と言った予告も
さして彼女の興味をひかないようで、心待ちにしている風でも期待している様子でもなかった。
「テレビ小説」同士の比較もしておらず、前の番組のことは放映終了後きれいさっぱり忘れて話に出すこともなかった。それどころか、今日見た回の内容すら翌日にどれだけ頭に残っているのか。「見る事自体に意義がある」としか見えなかった。
浜谷さんのテレビについては思い出される逸話が三つあるので次に書きます。