そううつ色々図鑑ーメンヘラ歴1/4世紀ー

双極性障害持ちゆえに出会った色々な人たち、出来事について。精神科入院生活の有様。サイテーな家事・育児についても。

患者図鑑49 机上の空論2

学問

弟の良介は長男だった事に加え、体も弱かったので殊に大切にされた。

一家5人分の家事をするのは母と久美さん。祖母は足腰が悪いと監視役に徹した。良一氏は勿論、良介も指一つ動かさない。久美さんは家事も頑張ったが、手際が悪い、遅いと始終絶えず祖母から、また母から罵倒され続けた。

祖母・父双方からプレッシャーを受け続ける母の刃の向かう先は久美さんしかいない。

良介は「聖域」なので、何人たりとも注意も指導も出来ない。

勿論祖母からも父からも、暴言や暴力はあったが、母親のそれが一番頻繁だったという。小言は日常茶飯事、手も足も出る。久美さんに何の落ち度がなくても、虫の居所が悪いといきなり小突いてきたりつき飛ばしたりもあったという。

久美さんの一番つらく強烈な思い出は、小学校低学年の頃。ちょっとした家事の粗相をした久美さんに向かって母親が「庭に穴を掘って自分を埋めなさい!」と言われた事だそうだ。

自分はここに埋まって死んでいくんだろうかという恐怖にかられながら、泣きながら小さなシャベルで穴を掘った。しかし母親に抗うなど出来ない。ましてや祖母や父が助けてくれるはずもない。絶望の中で自分の棺桶となる穴を掘った久美さんの気持ちを思うと胸が痛む。結局、途中で母親に「家に入りなさい!」と言われ沙汰やみにはなったのだが。

そのような環境であったので、久美さんは絶えず怯え、自分に自信が持てぬまま歳を重ねて行った。心から愛し愛される事も、全面的に信頼し安心できる場も経験が無いという。

久美さんの家庭環境は、児童相談所案件になってもいいくらいだ。そこで滑稽なのは、良一氏が「家庭教育」の専門家だった事だ。久美さんたちを締め出して、一体書斎でどのような論文を書いていたのだろうか。もし自分の家庭の状況そのままを書いたとしたら、学問としての評価以前に倫理的に道義的に非難ごうごうのはずだ。

暴君のようにふるまう夫。長男至上主義で、嫁と孫娘を見下す祖母。夫と姑に支配され、娘を虐待し息子を溺愛する母。祖母や両親に奴隷のように従属する娘。何事も許され甘やかされる息子。

一番身近にある自分の家庭が毎日のように怒号や暴力、叱責が飛び交う場所。

良一氏が書いた論文が仮に学術的に優れたものだと評定を受けても、足元の家庭が非常にいびつで家族が不幸せなのならばその研究成果にどれだけの価値や説得力があるのだろう。

(文中は全て仮名・仮称です)