患者図鑑53 禁断の外出2
複数で、人目のある所で会うのは全く構わなかったが、人目のない空間で野津さんと
二人きりになるのは不安だった。
そもそも、外出届で行き先に「野津さん宅」と書けば確実に却下されるだろう。
私が外出届について指摘すると、野津さんは「適当に、買い物とか書けばいいじゃない」と言う。そんな嘘までついて野津さんの家に行く必要があるのだろうか。
野津さんが私に来て欲しい理由は以下だった。
「大分家に帰っていない。家の中がぐちゃぐちゃになっていると思うから、片づけたい。でも、一人だとちゃんと出来る気がしない。手伝わなくてもいいから、安井さんが
来てくれて、そばに居てくれたら整理が出来ると思う」というのだ。
私は野津さんとはそんな深く長い付き合いでもないのに(野津さんは長く入院していた)何故私が嘘までついて、野津さんの家に行かなきゃいけないのか。
野津さんが私が行く事に固執すれば固執するほど、こちらの腰は引けて行く。
「えっと、こんどの水曜は買い物に行くから」「なら木曜でもいいから」野津さんは
なかなか諦めない。今週中はどうしても駄目、と虚実取り交ぜて理由をつけたら、
やっとため息をついて断念した。
その後、こっそり看護師の下野さんに「野津さんに内緒で自宅に来るように言われたんですけれど」と打ち明けた。下野さんは「それはとても危険よ。患者の、特に一人暮らしの患者の家に行っては駄目。虚偽の行き先を書くのは勿論禁止よ。何かあったらどうするの」野津さんの誘いを断ったのは正解だった。
(文中は全て仮名・仮称です)