精神科医十一人目 サトウのご飯とドラえもん
入院生活は、作業療法も任意であるし、服薬と診察以外は特に定まった予定はない。
時間があるので患者同士で良く食堂や談話室で話をしていた。
話題になったのは、それぞれの主治医の事だ。
B病院には常勤非常勤合わせて十人には満たない数の医師がいて、病棟と
外来両方を担当していた。
入院前は主治医外を見る事は殆どなかったが、入院してからは病棟に担当の患者の診察に来る、色々な先生を見かけるようになった。
当直はアルバイト(?)なのか、昼間にいない外部の先生が入る事も
あった。中に「ドラえもん」と仇名された先生がいた。ドラえもんのように
小太りで丸顔だった。他の先生が当直の時は、さりげなく勤務に入っていくのだが
ドラえもん医師は「こんばんは~」と甲高い声でにこにこしながら全ての病室を
廻るのだ。
「こんばんは~」の甲高い声が響き渡ると、「今夜ドラえもんだ」と噂し合う。彼は人は良さそうだけど、同時に頼りなさげでもあり、「ドラえもんの当直だと心許ないよね」と言い合っていた。とは言え私が入院している間、夜間実際に何か起きた事は一度もなかったけれど。(前述した酒飲み事件くらいだ)
アルバイト以外の先生については、担当している患者が居る訳で良く患者同士で主治医の品評会をした。
「3分間診療すらしないよ?サトウのご飯だよ」
と笑っていた。サトウのご飯は2分で出来る。私の主治医の五藤医師は良く話を聞いてくれるタイプで自分から患者の話を遮ったり、止める事は決してない。それで私もとても救われたのだが。(外来の場合、待ち時間が長くなるというデメリットはある)
蟹田医師は毎回「話さないで」「自分も話しません」オーラ全開で取り付く島もないそうだ。患者が診察室に入ると、医師はもう「お帰り下さい」モードに入っていて、
「薬出しますね。では」瞬時に終わるそうだ。
「えっ、そんな短いの?」と言うと「椅子に座ったら直ぐ立つ感じだね。待ち時間がないのが唯一の利点かしらね」との事。
大体入院中は一週間に一回の診察、勿論相談があればイレギュラーに診察もしてくれるが。蟹田医師の患者は、皆週一回の「サトウのご飯」診療で満足しているのか、諦めているのか。
獅子谷(仮名)医師は背が高く、スポーツマンタイプだった。実際学生時代にバスケットボールをしていたそうだ。体育会系のさわやかさがあって、「かっこいいね」と患者同士で言い合っていた。獅子谷医師は、サトウのご飯でなくきちんと話を聞いてくれ、「男気」のある先生だそうだ。
乙部(仮名)医師は女医だ。木の枝のように細くて小柄な人で、てきぱきしているがとっつきづらく雑談の一つも出来ない感じだという。物言いもきついそうだ。
天辻(仮名)医師は、気のいい人で熱心なのだが何だか空回り感がある。色々説明や話をしてくれるのだが、早口で滑舌が悪いので、聞き取りが大変と言っていた。
蠍野(仮名)医師は、ともかく薬を出す。たくさん出す。強い薬を出す。人により病気も体質も違うから一概には言えないが、服薬の時間ー看護師の前に一列に並んで、一人ずつ薬を貰うー に、蠍野医師の患者が手のひら一杯の薬を飲んでいるのを見てびっくりした。しかし彼女はたくさん強い薬を貰う方が安心出来ると言っていた。
皆で輪になって噂をしているとその先生が現れて大笑いしたり、噂を先に聞いて
あの先生がそうなのか、と確認したり医師たちはいつも話の種だった。