そううつ色々図鑑ーメンヘラ歴1/4世紀ー

双極性障害持ちゆえに出会った色々な人たち、出来事について。精神科入院生活の有様。サイテーな家事・育児についても。

患者図鑑89 スター誕生

俳優

私はあまり男性患者との交流はなかったけれど、数少ないよく話した相手が月島さんだった。月島さんは35歳だと言っていた。

何かのきっかけで月島さんが東海地方の某都市の出身と知り、そこは私の母の出身地で私も祖父母や親戚を訪れる為良く行った土地なのでお互い話すようになった。

月島さんは穏かな礼儀正しい人で、なかなかにユニークな患者が揃っているB病院にあって、どこが悪いのだろうと思わせた。

何回か話していくうちに、月島さんはぽつりぽつりと自分の事を話し始めた。

東海地方で生まれ、大学進学で東京に来た。大学在学中に演劇に目覚めて俳優を目指そうと思った。就職はせずにバイトをしながら俳優養成学校に通った。事務所にも所属してオーディションもたくさん受けたが、なかなか通らない。せいぜいがチョイ役。初めは楽観的だったが、段々自分より若い人たちが自分を追い越してデビューして行くのを見て焦りを感じるようになった。ある時、彼が大好きな作家の本が映像化されることになり、彼はオーディションに向けて全力をあげた。原作を読み込み、万全の役作りをして臨んだが、残念な結果に終わった。バイトも休んでオーディションにかけていた彼は

非常なショックを受けた。そこからは記憶が定かではないが、バイト先に行って騒いで暴れ、東京にたまたま来ていた親が呼ばれて入院になったそうだ。

「本当にあんまり良く覚えていないんですよ。ともかく不合格の通知が来て、目の前がぐるぐると回り始めたところまで。言われてみれば怒鳴っていたような気もする」

「僕は、本当にその作品にかけてたんです。今まで下積みだってけれど、きっと今回は合格して峯島(原作に登場する重要人物。月島さんは峯島のファン)を演じる事が出来て、そこから全てが上手く行くって何故か信じてた」

「この年になって職歴もないし、収入も貯金もない。これからどうしたらいいのか」

私は俳優業には全く疎いが、容易ではない狭き門とは想像する。努力や素質は勿論だが、運も必要だろう。月島さんは自分の芸名を教えてくれた。そっと検索すると、殆どヒットしなかった。作品の末尾に名前が出ているページが数えるほどだった。

その後、状態が落ち着いたと私より先に退院していった。その後、テレビや映画、舞台で月島さんの姿や芸名を見かける事は今に至るまでない。

(文中は全て仮名・仮称です)