患者図鑑37 病院ライブラリー
入院していた精神病院、B病院には図書コーナーがあった。と書くと、ミニ図書館のようだがそんなに大層なものではない。ようは入院患者が不要になった本を残して行ったものが、まとめて置いてあるだけだ。なので、ベストセラーになったような本ならば複数冊あるし、漫画が全巻揃わず飛び飛びに置いてあったり。全く一貫性のないラインアップだった。中に何故かエロ本も混じっていた。
本は自由に持ち込み可なので、その乏しい品揃えの図書コーナーに頼らずに、家から持ってきたり(もしくは持ってきて貰ったり)、自分で買ってくる人が多かった。
私の同室に検見川さんと言う人が入院して来た。違う病院から転院してきたのだ。
部屋の中や食堂で何度も検見川さんと話したが、頻繁に彼女の口をついて出るのは母親への恨み言だった。
彼女は一人娘なのだが、母親は彼女が幼少の頃から非常に支配的だったそうだ。独裁的で、彼女に逐一指図し、少しでも従わない、従えないと耐えがたい暴言・暴力の数々。
虐待以外の何物でもなく、非常に苦しかったと言う。父親は仕事人間で育児は母親まかせ。かつ、彼女が高校生の時に病気で亡くなってしまった。誰も彼女を庇ってくれなかった。
優等生である事を常に求められた検見川さんは、必死に勉強して難関大学に合格し、一流企業に就職した。それでもなお彼女への支配と指図を続いた。とうとう精神の均衡を崩して勤めを辞めてしまったそうだ。家に引きこもる彼女に母親の暴挙はエスカレートしていった。
彼女が「自分は病気だ。あなたのいう事にはこれ以上従えない」と通告すると、母親は娘を見放した。見舞いにも来ないし、連絡も取っていない。退院しても、検見川さんは母親のいる自宅に帰る意思はない。グループホームのようなところに入居して暮らすつもりだと言う。
以上が彼女の話だった。勿論普通のたわいない話をする事もあったが、母親の話になると形相が変わり、毒づきは尽きる事がなかった。
ある時、用事があって彼女のベッド、カーテンの中に行った。床頭台、床の上、所狭しと本が置かれていた。タイトルを見て私は背筋が凍る思いがした。
「毒親」「子供を虐待する親」「母親失格」「崩壊家庭」「愛されない子供」
山と積まれた本の、刺激の強いタイトルは全部内容が共通していた。
本棚を見ればその人の頭の中が分かるというけれど、彼女のベッドを取り囲むように
置かれているその本たちは彼女の母親への呪詛であり憎悪の発露に見えた。
(文中は全て仮名・仮称です)