患者図鑑44 未亡人
入院中に仲良くなった立川さんと千倉さんの共通点は、お二人とも夫を亡くされていた
事だった。それから重度のうつになり、なかなか回復できないのだと言う。
詳細は少し異なっていた。立川さんの場合は急死で、本当に突然の出来事だったのだとか。末娘の結婚が決まり、祝い酒を痛飲したあと入浴し、浴室で亡くなってしまったのだそうだ。「心配していたあつ子(末娘)の結婚が決まって、嬉しいまま死んだんだものね。幸せだと思わなきゃね」と立川さんは自分を慰めるようにつぶやいた。
けれども、あまりに突然で心の準備が出来ていなかった事、あつ子さんと旦那さんと
3人暮らしだったのが突然一人暮らしになった事もあり、心に大きな穴が空いてしまい
今でもふさがらないのだと言う。家に帰るのが怖い。一人になるのが怖いとしきりに言っていた。
千倉さんのご主人は、癌で何年も闘病した末亡くなった。立川さんのように急に目の前から去ってしまった訳ではないが、ご主人の苦しい闘病を看病し、その中でも一縷の望みを持ち続けた年月はとても辛かったと言っていた。結局癌宣告時の余命告知とあまりたがわない時期に亡くなったのだが、それでも、助からないと言われていても最後まで奇跡を信じ、夫が亡くなるなんて想像できなかったという。
千倉さんご夫妻はとても仲が良かったようで(思い出話からもそれは感じられた)、40代にしてお別れしなくてはならなかったのは千倉さんには耐えがたい試練だった。
千倉さんにはもう結婚されたお嬢さんがいて、何くれと一人暮らしになった千倉さんを労ってくれているそうなのだが「有難いことだけど、それでも夫が亡くなった痛手は
どうしようもないの」と悲しそうに言った。
千倉さんはとても知的で常識的な人だった。お嬢さんに迷惑や心配をかけて申し訳ない、自分の為、周りの人たちの為にも立ち直らなくてはと何度も自分に言い聞かせているのだけど、と穏やかな口調で話した。
二人とも「あなたが元気で幸せに暮らすのが旦那さんへの一番の供養になるのだから」
とは何度も言われたし、まさにその通りだとも思うと言っていた。嘆いていたところで
失われた人は戻ってこない。けれど頭では分かっていても、心がついていかない。
人間の気持ちはそんなに簡単に左右できるものではない。
(文中は全て仮名・仮称です)