患者図鑑45 withマスク
コロナ禍の続く中、マスク姿は当たり前になった。しかし、私が入院している頃はそうではなく、病棟内でマスクをしている人は皆無だった。前に書いたように、風邪などに罹患すれば個室に隔離され、咳が出ないように、マスクが必要ない状態になってから解放される。
患者は皆、マスク無しで談笑し、病棟を歩き回り、作業療法に参加していた。
ただ一人の例外が築山さんで、初めは花粉症?軽く咳でも出るのか?と思っていたが
一か月経っても二か月経っても「全く」マスクをはずさない。
今でこそずっとマスクをしているのは不思議ではないが、当時はとても目立ち
異様ですらあった。
食事の時は、皆長テーブルに座って食べるのだが彼女だけはぽつんと離れた所に
置かれた小テーブルで、他の人に背を向けて食事を取る。
反面、彼女はとても積極的で社交好きで、誰かがグループで話していると「何々?」と話の輪に入り、ひときわ大きな声で笑い、時には話題を提供する人だった。
しかし話の途中でお茶など口にする時は、必ず顔を背けてマスクをずらして飲み、マスクをきっちりと戻してからこちらを向くのだ。
陰と陽で言うと、普段の彼女は「陽」であるのにマスクをはずさない事に関しては「陰」でそのギャップが不思議だった。
彼女の素顔を見た事がないまま日が経って行ったが、ある時全く偶然にマスクをはずした姿を見る事になった。彼女は食堂の端で、部屋に背を向け外に開いた窓にむかってペットボトルを口にしていた。私はちょうど窓の外に飛んで行ってしまった紙を拾いに、食堂の外に出ていた。紙が見つかって安心して顔を上げると、築山さんがマスクをずらして飲み物を飲んでいる。私はかがんでいたので彼女の目に入らなかったようで
ゆっくりと飲み続けていた。
築山さんがマスクを外さない理由は患者の間でも謎になっていて、顔に傷やあざがあって隠したいのでは、醜形恐怖症ではと勝手に憶測を巡らしていた。
私が見た築山さんの素顔は本当に普通で、あざも傷もない。常時マスクで隠さなくてはならない理由は見当たらなかった。
築山さんがああまでして隠したい素顔を偶然見てしまった事は、明らかにしない方がいい気がして誰にも話さなかった。
私が退院するまで築山さんはマスクのままだった。今は皆マスクしているので築山さんに取っては過ごし易いのかもしれないなどと思う。
(文中は全て仮名・仮称です)