患者図鑑109 鷲塚さんのイタリアンデビュー4
確かに病院から出ずにいて、病院食ばかり食べていたら、食の広がりはない。似たり寄ったりのメニューがローテーションで出る。例えばピザもだが、握り寿司、ローストビーフ、タンドリーチキンは間違っても出ない。テレビや雑誌を見れば、口にしないまでもそういった料理の知識は得られるだろうが、鷲塚さんはそういう事もしていないようだった。
パスタも色々種類がある。ペンネ、カッペリーニ、リングネ。きちんと説明できるほどにはこちらも詳しくないので、スマホで検索しながら「こんな形。カッペリーニは細くて…」と説明する。
「ミネストローネって?」
「あ、それは野菜のスープ!トマト味よ」
「シェフのきまぐれサラダは?」
「それは私たちもわからないよ(笑)シェフが『きまぐれ』で作るんだから」
というようなやり取りを延々を繰り返し、やっとオーダーが決まった。気軽な店なので
大皿で何皿か頼みシェアする事にした。
運ばれて来た料理を見て、鷲塚さんと私たちの反応は明らかに違った。私たちは「おいしそっ 早く食べよ!」であったが、鷲塚さんは驚きといぶかしさの混じった表情で、しげしげと料理を見つめている。そしておずおずと料理を指さして「えっと、さっき言ったピザってどれ?」と聞いてくる。
これがピザで、上に載ってるのはチーズとサラミと…、これはカルボナーラで、と一つ一つ説明していく。私たちが注文したのは、ごく一般的な料理だったのだがどれも鷲塚さんに取っては初めて知る、見る物ばかりだったようだ。
(文中は全て仮名・仮称です)