患者図鑑55 クレーマー クレーマー2
外出から帰ってきた羽田さんが「成果」「戦利品」を得意げに披露するのを
聞く一方であったが、ある時羽田さんが「天誅を下す」のを目の当たりにした。
病院の患者が愛用する、近くにあるRスーパーに
ちょっとした物を調達に行った時の事である。
品物を探して商品棚を見ていると、聞きなれた野太いしゃがれ声が聞こえてきた。
羽田さんだ!羽田さんは元々声量がある方だけれど、その時は一段と声を張り上げ
迫力満点だった。
私の居た場所と、羽田さんが「世直し」「指導」を行っているレジとはかなり離れて
いたのだが、一言一句はっきり聞こえてくる。その様子は、店にいた客が全員振り返るほどの勢いだった。
内容を聞いていると、50円分のお釣りを出す際に、50円玉を切らしていて10円玉5枚を返したらしい。それに羽田さんが激怒しているのだ。
「何で50円玉くらい用意しておかない訳?10円5枚じゃかさばるじゃない!客の迷惑考えないの!」
羽田さんの剣幕に店員は謝罪し、他のレジから50円玉を借りて来て羽田さんに渡している。
それでも羽田さんの怒りは収まらない。「初めっから用意しておくものでしょ?
言われたからやりました、じゃ…」
別にお釣りをごまかされた訳ではないし、全て1円玉で渡されたのでもない。10円玉でお釣りを渡すのなんて、日頃良くある事だろう。それでこんなに目くじらを立てる事もないと思うのだが。羽田さんがB病院の入院患者だってスーパーの人は分かってるのだろうか。
彼女のせいでB病院の患者の評判が悪くなって、ここに来にくくなるのは嫌だな… と思いながら、こっそり羽田さんのと一番離れたレジで会計を済ませ、こそこそと店を出た。「お店の方、申し訳ありません」と心の中で謝りながら。
後日談というか余談。病院内に飲み物の自動販売機がある。ある時羽田さんが
「自販機でジュース買いたいんだけど、10円玉無くて。両替してくれる?」と5円玉と1円玉を20円分、じゃらじゃら持ってきた。あのスーパーの店員さんの無念を晴らすべく、返り討ちにしようかと一瞬頭をよぎった。しかし羽田さんは自分は世の為にまっとうでない事を正している正義の味方というゆるぎない信念がある。正義の味方には勝てない。私は大人しく10円玉を出した。
(文中は全て仮名・仮称です)