患者図鑑78 退院します1
手を洗い続ける大坪さんも、縫いぐるみに話しかける江橋さんも見慣れてしまえば
気にならない。ここは精神科の病院なので、ちょっと変わった事をする人がいるのは
当たり前で、それがその人の「いつものやり方」だと分かればこちらも平常心で受け止める。
新しく喜多さんという患者さんが入院して来た。年の頃は40くらいだろうか。
「喜多です。明日には退院しますので」と挨拶された。明日??
例えば目の手術、耳の手術などは一泊二日入院も良く聞くが、精神科でそんな短期は
ない。私の知る限りでは、短くて一週間。また病気がはかばかしくなく、別の病院に
4日後くらいに転院して行った人はいた。
精神科の薬を処方されている方はお分かりいただけると思うが、ある程度の期間飲み続けないと効果が表れない薬も多い。それに五藤医師(私の主治医)が言う様に、
ゆっくり休養を取ってエネルギー補給をするとか、生活リズムを整える目的があるならばとても一泊二日では足りない。
しかし、転院のあてがあるのかもしれないし、家族が家を空ける間入院なのかもしれない。
「随分とあわただしいよね」と他の患者と言い合っていた。
喜多さんは梁井さんと同室になった。
夜中、看護師さんが他室に向かう足音を何度か聞いた。B病院では、ナースコールが鳴らされる事は滅多にない。一度だけ、薬の副作用でふらついて倒れて頭を打った患者さんがいて、その時鳴らされたくらいだろうか。
こんなに何回も看護師さんが往復するなんて、何かあったのかな、とうとうとしながら思っていた。
(文中は全て仮名・仮称です)