患者図鑑98 (言わなくてもよい)行動宣言
初老男性の弓月さんとは時々談話室で顔を合わせた。
談話室へ行って、弓月さんの姿を見かけると少し憂鬱な気分になる。
弓月さんは、いちいち自分がこれからしようとする事、感じる事を大声で
口にするのだ。例えば
「大便がしたくなった!大便に行ってくる」
そしてトイレから帰って来たら
「大便してきたよ」
また
「キン○マのあたりがかゆいな」(←実際ズボンに手を入れてぼりぼり搔き始める)
「ズボンのゴムがゆるいよ。これじゃずり落ちてキン○マ見えちゃうな」
爪で歯を引っ搔いて「歯くそがあるなぁ」
かーっ、ぺっ と痰を出し「痰が沢山出たなぁ」
「爪の間に垢がたまって黒くなった」
どれも言わなくてもいい事で、しかも聞いて不快な事ばかりだ。これに比べたら
「綺麗ですねぇ」を連発する平林さんの方がよほどましだ。
弓月さんは、敢えて顰蹙を買うような発言をすることで、周りが眉をひそめる反応を
見て楽しんでいたのだろうか?そうとも思えない。人目を引きたいようにも思えない。別に周りを見渡すこともなく空に向かって大声で宣言していたように見えた。
周りも入院したての人はともかくも、一定以上の期間入院している人は弓月さんの発言を不快には思ったがとがめたり顔を背けたりはしていなかった。
弓月さんは清潔感には(酷く)欠けていたし、大声で叫ぶ様々な事は
どれも耳に入れたくないので私は弓月さんを談話室で見かけると、踵を返すようにしていた。
(文中は全て仮名・仮称です)