患者図鑑116 お腹の中に
B病院(精神科単科病院)に入院中に解き明かされなかった謎は幾つかあるが
今回の岡田さんの話もその一つ。
岡田さんは20代後半に見える女性。あまり話を自分からする方ではないので、家族構成や彼女の患っている病気については分からない。
ごく普通に入院生活を送り、特に目立つ事もない。ただ一点を除いては。
私が初めて岡田さんを見た時、「お腹に赤ちゃんがいるのかな?」と思った。決して太っている訳ではないのに、お腹だけぽっこり出ていたからだ。しかし、向精神薬は退治に良くないし、妊娠は大丈夫なのだろうか。急に産気づいても、ここは産婦人科医もいないし… と勝手に気を回していた。ところが一週間ほど経った頃だろうか、食堂に現れた彼女はお腹がぺったんこになっていた。まさか出産した訳では… 昨日まではちきれんばかりのお腹でいたのに。
しかし、いつもと変わらぬ姿ですたすた歩き、どこにも赤ちゃんの気配もお産の気配もない。他の入院患者に聞いてみようか、と逡巡しているうちに、またぽっこりお腹で岡田さんが現れたのだ。その後も、お腹が出ている状態と、普通に平らな状態とが繰り返された。ようやく、平らなお腹が彼女の本来の体型で、何かをお腹の部分に出し入れしているので、お腹の形が変化するのだと。
しかし、バストを盛るという事はあっても、お腹を盛る事はあるだろうか?ダイエットや脂肪吸引でお腹の脂肪を落とすを聞くくらいだから、極力お腹に肉はつけたくないのが女性心理ではないだろか。
岡田さんと同室の人も、岡田さんはカーテンの中で着替えやお腹の仕込みをするので、何をどのように入れているのか皆目見当がつかないと言う。見当がつかないのは、お腹の入れ物だけでなく彼女の動機だ。
前述したように彼女はあまり自分の事は話さないだったので、真相は湧かずじまいだった。ただ看護師は何もとがめ立てもしていなかったので、医師や看護師の間では岡田さんのお腹の件はきちんと共有されていたのだろ思う。